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このはなスキークラブ  (日記)

 

スキーを楽しく続けるため必要なもの

2015/05/31 01:20

  • DSCN1903

1986年に1級を取得。
その翌年、テクニカルを見学に出かけた。
70人ほどの受検で合格は3人。合格した人の滑り云々の前に、受検者すべてが上手く見えた。
自分が受検するにはあまりにレベルが違うことを思い知らされた。


それから受検するまでに6シーズンが流れた。
合格がどうのこうのでなく、1シーズン1回の受検と決めチャレンジし始めた。


2回目の受検の時、ウェーデルンのスタートまであと数人、急斜面に緊張してハの字でふんばって立っている私に


「オマン、去年も来てたな」(オマン=新潟の方言でオマエ)
と一人の受検者が声をかけてきた。
といっても、1m以上距離があるのに、
そのオヤジ、アルコール臭、プンプン。
ロレツも回っていないのだ。


あっち行けよ! このオヤジ!


私は心の中でそう叫んだ。


(オヤジに声をかけられたことは20年以上経っても昨日のことのように鮮明に覚えているのだが、検定の急斜面ウェーデルンの滑りは覚えていない)


その当時のテクニカルには「制限滑降」(ポール)があり、
昼食を挟んで検定再開となったのだが、
ゲレンデの食堂で、その酔っぱらいの受検者は、
なぜかオレの前に座り、
検定中にも関わらずビールを飲みながら、
オレに一生懸命話しかけてくる。
それも、口からモノを飛ばしながら・・・・


ただただ内心、


あっち行ってくれ!
という思いと、
そのシーンだけが20年以上経った今でも昨日のことのように蘇る。


もちろん、私は不合格。
酔っぱらいのオヤジも不合格。


なぜかは思い出せないが、
その検定をきっかけに、そのオヤジ(ヤナタカ)と滑るようになりはじめた。


ヤナタカは私より10歳上だが、
どんな急斜面でも、凸凹でも、クラストでも、深雪でも滑り降りる。
私は、凸凹は滑れないし、クラストもだめ。急斜面でも逃げるような滑りになってしまう。
あきらかに滑走能力ではヤナタカに劣っていた。
ただ、ヤナタカは極端な抜重動作や、身体全体を使ったような動作が多く、
1種目210点合格点時代のテクニカル検定で、いつも私の方が1点ほど高かった。


テクニカル云々よりも、
どこでも滑り降りてこれるヤナタカは私にとって魅力的だったし、
下手なくせして検定の時に点数が高い私はヤナタカにとっても刺激的だったのだろう。


いろんなスキー場で一緒に滑って練習した、というより楽しんだ。
私はシーズン1回の受検で9シーズン9回目の受検で、ヤナタカより一足先に運良くテクニカルに合格。(その検定でもヤナタカは、余裕で合格の滑りをしていたのに、大回りのゴールでコントロール不足とみなされる転倒!)
ヤナタカはシーズン受けまくっていたので、検定会受付の人に「毎度、ありがとうございます」と言われたり、検定員の間でも「あの人」で通用するくらいの有名人になっていた。


テクニカル合格は私の方が先だったが、クラウンは頓挫。


ヤナタカは60歳を過ぎた今もクラウンに挑戦し、種目では80点を出すことも。


40代の時には、我流状態の1級からテクニカルに臨み、60歳を過ぎて進化し続けているヤナタカのことは、最初、笑っていた指導員・検定員の人たちも、一目置くような存在になってる。


私自身、1級合格後のブランク、テクニカルや準指の長い道を考えると、ヤナタカがいたから、スキーを続けてこられたのだな、とヤナタカには感謝している。


バッジテスト、合格することも大切ですが、それと同じくらい大切なものを講習会や検定会で見つけて帰っていただければと考え、講習会・検定会を運営しています。


あと一歩で合格なのに手が届かない、伸び悩んでいるという方、一緒に滑りませんか? (講習会や検定会は有料ですが、一緒に滑るのは無料ですよ。所属クラブや所属県連も問いません)


ちなみに、ヤナタカは新潟の直江津の近くに住んでいますが、私と知り合ったのをきっかけに、このはなスキークラブ(兵庫県)に入り、1年に1回の楽しみとして、旅行がてら兵庫県スキー技術選大会に出場しています。また、関温泉での検定会ではスタッフとしてスタート係を務めています。彼の滑りに刺激され、同じように技術選など、一歩上のレベルを目指し始めた60代の方もいます。




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